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M&Aのリスク ~クロージング間際の心変わりは違法?~

中国経済の減速や米国金融の一時引き締めにもかかわらず、2015年の米国M&A(合併買収)市場は、海外企業とのディールも含め総額4兆7千億ドルを記録し、世界金融危機以前の2007年の最高記録を破る結果になったと伝えられている(KPMG‐2016年度調査)。これは、米国の好調な経済を反映した結果であるが、M&Aのディールがクローズする前に経済状況など資産価値に直接影響する要因が急変した場合、売手企業や買手企業の契約履行義務は影響されるのであろうか?あるいは、一旦法的拘束力を持つ最終契約書が締結されると、いかなる要因が変更してもディールはクローズされなければならないのであろうか?2008年と今年6月に起きた二つの類似する判例において、デラウェア州衡平法裁判所は、この問題に直面した。

<2008年の判例:Hexion Specialty Chemicals, Inc. Huntsman Corp.

世界金融危機の直前の2007年7月、大手化学樹脂製造会社であるHuntsman Corp.(以下「ハンツマン社」)の買収において、Hexion Specialty Chemicals, Inc.(「ヘクシオン社」)は、他の競合他社のオファーをしのぐために、ハンツマン社の株を一株当たり28ドルという高額で総額100億ドルの買収に合意した。更に、ヘクシオン社は、万が一ファイナンシングが得られなくても買収義務を履行すると確約し、ハンツマン社の事業に関する「重大な事態の変更(Material Adverse Effect)」が無い限り、ディールを指定日までクローズできなかった場合には3億2千5百万ドルを上限とする定額損害賠償金の支払いにも合意した。しかし、その直後の世界金融危機のあおりを受け、ハンツマン社の2008年の第一四半期の成績が急変した。その結果、ヘクシオン社は、デラウェア州衡平法裁判所に提訴し、ハンツマン社の資産価値の急落によりファイナンシングを得ることができないため、同社は買収義務を含む一切の責任を負わないと主張した。仮に、契約解除として見なされたとしても、契約に基づきその損害賠償額は3億2千5百万ドルを越えるべきではないとした。これに対して売手であるハンツマン社は、反訴請求を起こし、ヘクシオン社の故意による契約違反を理由に、定額損賠賠償額の3億2千5百万ドルに制限されるべできはないと反論した。

デラウェア州衡平法裁判所のラム判事は、ターゲット企業に「重大な事態の変更」があったか否かを判断するためには企業の資産価値を判断すべきだが、それは数カ月の単位ではなく数年の単位でしか判断できないと前置きした上で、買手が、「重大な事態の変更」を理由に契約を解除するためには、その理由を十分に証明した場合に限り可能とした。更に、同判事は、同裁判所が管轄するM&Aの案件において、そのような事態を十分に証明できた買手は未だかつていなかったとし、ヘクシオン社は、契約を履行する義務があると判決した。同判例は、その後、当事者同士の和解が成立しヘクシオン社が10億ドルを支払うことで決着している。

<2016年の判例:Williams Companies Energy Transfer Equity LP

天然ガスのパイプラインを運営する米国の大手二社、Energy Transfer Equity LP(「ETE社」)とWilliams Companies(「ウィリアムズ 社」)は、合併により全米中を10万マイルに行きわたるパイプラインを保有する最大手になることを計画し、2015年9月、ETE社 が、ウィリアムズ社を380億ドル(内60億ドルは、現金支払い)で買収することに合意し、最終契約の締結に至った。同契約では、クローズするための一要件として、本業界ではよく見られる、同ディールが非課税扱いとなるという見解を述べた税法専門の弁護士の意見書が必要とあった。その直後、石油と天然ガスの価格が下落し、両社の資産価値及び株価が半減したため、ファイナンシングを得ることができなくなった買手のETE社は、ディールからの撤退を希望した。更に、税法弁護士が再検討した結果、同取引が最終的には非課税にはならないと判断したため、ETE社は、売手のウィリアムズ社に対しクロージングの要件を満たさないことを理由に契約を解除する旨を伝えた。

これを受け、ウィリアムズ社は、ETE社がクロージングのために「商業的に合理的な努力(commercially reasonable efforts)」を怠ったことを理由に同社が契約違反をしたとして、デラウエア州衡平法裁判所に訴えた。今年6月23日、同裁判所のグラスコック判事は、確かにETE社は合併から撤退することを望んでいたものの、その動機だけでは違法行為は成立しないとし、更にETE社が、「商業的に合理的な努力」を怠った結果、弁護士から意見書を取り付けることができず、契約違反に至ったとは原告が十分証明していないとして、ETE社に契約の履行義務はないと判示した。

<考察>

この二つの判例は、状況が似ているものの、判決結果が大きく分かれている。例え最終契約の締結後であっても、クロージングの要件を満たさなかったことを理由に、契約を解除することが認められる場合もあるので注意したい。企業は、クロージング直前の契約解除のリスクを踏まえ、クロージングの要件に関する規定を注意深く見直し、要件が満たされなかった場合の救済措置等を十分交渉し、最終契約書に明記することが大切である。

本記事の内容は、一般的事実を述べているだけであり、特定の状況に対する法的アドバイスではなく、それを意図したものでもない。個々の状況に対しての法的アドバイスは、直接当事務所にご連絡頂くか、専門の弁護士にご相談されることをお勧めする。

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