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米国における契約の重要性 ~(3)契約書の基本的構成~

「スピード婚」という言葉を耳にした。出会ってから数カ月以内に結婚する場合を指すらしいが、長い交際期間の末に結婚する夫婦と比較して離婚率が高いという。ビジネス上の契約交渉も同様に、段階を踏んで進める方が、後に当事者間の認識のずれが生じ難いのはお分かりであろう。

当事者同士が、初めて契約関係に入る場合、通常、事前の交渉経緯を踏まえて趣意書(Letter of Intent)や覚書(Memorandum of Understanding)などをまず交わし、将来の事業関係について双方の基本的な意思表示を確認する。これらの文書は、法的拘束を持つ契約書の前身となるもので、一般的に法的拘束力を持たせないことが多い。

趣意書や覚書で基本的な方向性について双方の意思を確認できたら、契約書の作成にとりかかる。契約書は、注文、納品、支払いなどのビジネス条件を詳細まで網羅し、当事者同士の特有なニーズや状況に応じて双方の利益を公平に保護するために必要な条項を含むべきである。このように段階を経てお互いの理解を確認することは大切である。

今回は、いわゆる「スピード婚」形式で交渉した、各当事者の契約の意図の有無について争った1954年のバージニア州最高裁判所の判例(Lucy v. Zehmer)について説明しよう。

Zehmer氏夫妻は、バージニア州にファーガソン農場と呼ばれる476エーカーの土地を所有していた。この土地の購入を長年迫っていた、農家のLucy氏は、1952年のクリスマスの5日前に、ウィスキーを片手にZehmer氏夫妻が経営するレストランへ出向いた。Lucy氏は、Zehmer氏にウィスキーを勧め、二人で1、2杯乾杯した後、Zehmer氏にファーガソン農場はもう売ったのかと尋ねた。未だ誰にも売っていないとZehmer氏が答えると、Lucy氏は、「君は、5万ドルでも売らないだろうな。賭けてもいいぞ。」と吹っ掛けたところ、Zehmer氏は、「俺だって、お前が絶対5万ドルなんて払う気はないと賭けるよ。」と反発した。この言い合いにお互い熱が入り、Lucy氏は、もちろん払うと答え、その場で契約書を書くようZehmer氏に迫った。

売り言葉に買い言葉の挙句、Zehmer氏は、店で使用していた伝票を一枚取り、その裏面に以下のような文章を書きなぐったのである。「私は、ここにW. O. Lucy氏にファーガソン農場全部を5万ドルで売却し、その権利も買主に譲るもことに合意する。」Lucy氏は、これを見て夫人もいるのだから「私」ではなく、「私達」に書き換えるべきだと言った。これに応じ「私達」と書き替え署名したZehmer氏は、店で働いていたZehmer夫人にも署名するよう勧めた。躊躇していた夫人は結局署名し、Lucy氏にそれを渡したのである。Lucy氏が、Zehmer氏に手付金の5ドルを渡そうとした際、Zehmer氏はようやくLucy氏が本気であることに気づき、慌ててファーガソン農場を手放す気は全くないと念をおしたのである。しかし、Lucy氏は、売買が成立したことを疑わず、その場を去ったのである。

翌日、Lucy氏は、自分の弟に5万ドルの半額を支払うように説得した後、契約の合法性について知り合いの弁護士に相談した。年明けに、弁護士が、Zehmer氏夫妻の所有権を確認し契約が合法である旨を伝えると、Lucy氏は、Zehmer氏に連絡を入れ、売買契約の締結をいつにするかと尋ねた。これに対し、Zehmer氏は、すべては酔った挙句の冗談で、売却するつもりは一切ないと断ったため、Lucy氏は、契約不履行を理由にZehmer氏夫妻を相手取り提訴したのである。

バージニア州最高裁は、当事者間で取り交わす言葉やその他の行為が、合理的な意味を持つ場合、つまり、この場合、伝票に記載されている当事者間の意図が明確な場合、当事者が頭の中で同意していなくても、契約が成立するとして、全員一致でLucy氏に勝訴をもたらしたのである。

<考察>

このように、正式な書式を踏襲しない書面も契約書として十分見なされる場合があるので、当事者達は、最初の「出会い」から最後の「契約締結」に至る各段階でお互いの意思を確認しながら、交渉を進めることが大切である。なお、交渉の内容が自分の専門ではない場合や法的リスクが伴う場合は、専門分野の弁護士を代理交渉人として利用することも一つの策である。

参考文献:Lucy v. Zehmer, 196 Va. 493; 84 S.E.2d 516 (1954)

本記事の内容は、一般的事実を述べているだけであり、特定の状況に対する法的アドバイスではなく、それを意図したものでもない。個々の状況に対しての法的アドバイスは、直接当事務所にご連絡頂くか、専門の弁護士にご相談されることをお勧めする。

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