~経済スパイに対抗するための新法~ 「2016年営業秘密防衛法:DTSA」
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2016年6月12日付ニューヨーク・タイムズ紙の報道によると、同日未明、フロリダ州オーランドのナイトクラブで49人の死者と53名の負傷者を出した乱射事件で、SWAT隊員の一人が頭部に銃弾を受けたものの、ケブラー®(Kevlar)アラミド繊維を使用したヘルメットを着用していたため無事だったと言う。このケブラー®アラミド繊維は、1965年にE. I. du Pont de Nemours & Company(以下、デュポン社)の当時社員(Stephanie Kwolek氏)が鋼鉄に代わるポリマー素材として開発したもので、その後50年間の研究の結果達成した軽量さと強度により、防弾チョッキや顔面マスク、戦闘用ヘルメット、光ファイバー、レース用タイヤ、航空機室内壁、ヘリコプターのメインローターブレード(回転主翼)、更には宇宙服や火星探査機マーズ・パスファインダーの着陸用エアバッグなど、多分野で使用されている。
このデュポン社のケブラー®アラミド繊維に関する営業秘密を盗んだとの容疑を受けていた韓国法人のKolon Industries Inc.(以下、コーロン社)は、去る2015年4月30日、バージニア州東部地区連邦地方裁判所のアンソニー・トレンガ判事の前でとうとうその事実を認め、デュポン社に対する総額3億6000万ドルの賠償金の支払いを命じられた。「研究開発は、米国経済の根幹を成すものであり、開発研究者が努力と発明創造力により生み出したものを盗むことは許されない。」と担当の米連邦検察官は当時コメントした。
取り調べによると2006年6月から2009年2月の約3年に亘り、コーロン社は、デュポン社の元社員二人と共謀し、ケブラー®アラミド繊維に関する新ファイバー技術、化学情報、デュポン社の生産能力やコスト情報などの経済的情報を含む営業秘密を盗み、ヘラクロンと呼ばれるケブラー®に似た自社製品の開発に役立てようとした。共謀したデュポン社の元社員二人は、FBIの捜査により陰謀が発覚したため罪を認め、一人は18ヵ月の実刑を受けている。
近年の経済スパイの増加により、米国法人の営業秘密がアジアへ流出する事件が後を絶たず、前述の様なケースは氷山の一角に過ぎないという。米上院司法委員会のグラスリー委員長は、営業秘密の盗難による米国被害総額は年間3000億ドルに及び、210万人の職が毎年失われていると報告し、1996年経済スパイ法を強化するために、2016年営業秘密防衛法案(Defend Trade Secret Act of 2016: DTSA)の可決を訴えた。これを受けて、今年5月米上下両院は、同法案を通過させ、オバマ大統領の署名後、DTSAの成立に至った。下記に主なポイントを挙げながらその内容をご説明しよう。
<2016年営業秘密防衛法>
連邦裁判所の管轄権の追加:
これまで営業秘密の盗難に関する民事訴訟において、原告は、各州法に基づいた裁判手続きしか利用できなかったが、DTSAの成立により知財訴訟(特許、商標、著作権等)と同様に連邦裁判所でも提訴できるようになった。かつて各州法下では、盗まれた営業秘密が保護に値するか否かを判断するための認定基準や認定方法が州により異なっていた。そこで手続きの統一化を図るために統一営業秘密法(Uniform Trade Secrets Act)が制定されたものの、ニューヨーク州とマサチューセッツ州がこれを採用しなかったため全国的な統一には至らなかった経緯がある。なお、DTSAは、各州法による保護を否定していないため、原告にとっては、州法の裁判所に訴える他に連邦裁判所に訴えを起こす第二の道が開けたことになる。
原告による被告資産の早期差し押さえ:
DTSAにより、原告は、盗まれた営業秘密の漏えいを防止するために、被告に対し事前の通知を行うことなく、被告の財産の差し押さえ請求ができるようになった。これまで殆どの州法下では、十分に審理を経た裁判の後半でないと差し押さえは認められていなかったため、DTSAは、原告側の救済をより一層強化することとなった。但し、被告の財産差し押さえは、「特別な状況に限り」認められ、裁判所は差し押さえのために中立の立場にある専門家の助言や立ち合いを求めることができ、裁判当事者は差し押さえに携わることができないとした。この他に利用できる救済措置としては、実際の営業秘密の不正流用若しくはその兆候を示す状況を防止するための差し止め請求、財産の返還、損害賠償の請求、故意又は悪意のある行為に対する損害賠償額の二倍の懲罰的損害賠償の請求、弁護士費用の請求などがある。又、元従業員が競合他社で勤務することを阻止することは、明確に営業秘密が漏えいするとの証明がないと困難である。
社内通知義務:
懲罰的損害賠償の請求や弁護士費用の請求については、既に職場の従業員に適切な通知を行っている企業でないと認められない。当該通知は、営業秘密漏えいの容疑者を報告する若しくは調査する一環として政府職員や弁護士に営業秘密を開示することは許可されると明記しなければならない。
<考察>
DTSA下では、営業秘密を保護するための救済措置が強化され、連邦裁判所が管轄権を持つことにより統一された裁判手続きが予測される。各企業は、この法律の保護を最大限に受けるために社内的なインフラを構築する必要がある。それには、営業秘密に関するポリシーの適法性を確認する、営業秘密の定義を明確にした秘密保持契約を各従業員が署名する、営業秘密の流出を防止するためにアクセス権を限定する、管理職及び従業員のトレーニングを強化する等、適切な管理運営が望まれる。
参考文献:ニューヨーク・タイムズ紙/デュポン社公式サイト/FBI公式サイト/Chuck Grassley上院議員公式サイト/米国議会公式サイト
本記事の内容は、一般的事実を述べているだけであり、特定の状況に対する法的アドバイスではなく、それを意図したものでもない。個々の状況に対しての法的アドバイスは、直接当事務所にご連絡頂くか、専門の弁護士にご相談されることをお勧めする。
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