~誠意ある交渉とは~
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Jweekly 発行日:
英文契約書で頻出する表現の一つに、「good faith」がある。誠意、善意等と訳され、あたかもただの枕詞のように思われがちだが、実は、予備交渉自体には拘束力がなくとも、その段階で交わされた「誠意を持った交渉」を行なう約束は当事者を拘束し、エストッペル(禁反言)の対象となる、とする判決が、SIGA Technologies, Inc. v. PharmAthene, Inc.事件において2013年5月24日にデラウェア州最高裁判所から下され、波紋を呼んでいる。
<経過>
SIGA Technologies社(以降SIGA)は、天然痘用の抗ウィルス剤に関する権利を有していたが、薬品の開発資金が不足していた為、PharmAthene社(以降PA)とライセンス契約を協議する。協議は、まずPAがSIGAへブリッジローンを行い、その後PAがSIGAを吸収する形で2社が合併するという契約に落ち着いた。ブリッジローン契約書及び合併契約書の両方には、「もし合併が不成立に終わった場合、合併契約書に添付された条件概要書に明示された条件に基づき、SIGAからPAへの薬品ライセンスに関する善意の交渉を行なうものとする」と記載されていた。
しかしこの合併契約は、合併委任状のSECクリアランス取得遅延により成立せず、両当事者はライセンス契約の条件に関して協議を開始する。(法廷の見解によると、この時点でSIGA側には、多額の補助金を米国国立保険研究所から受領して当面の資金問題が解決された為に、「売り手の後悔(いわゆる売り惜しみ)」が発生していた。)結局両者はライセンス契約の条件で合意に達することができず、PAがSIGAをデラウェア州衡平法裁判所に訴えを提起する。
デラウェア州衡平法裁判所では、11日間に渡る審議の後、デラウェア州法の下ではSIGAに以下のの責任があるとした為、SIGAが控訴する。
1)ブリッジローン契約書及び合併契約書の「条件概要書に明示された条件に基づき、善意の交渉を行なう」という責任への違反。
2)禁反言の原則違反。
3)善意で交渉が行なわれていれば実現したはずのライセンス契約に基づく利益に対する損害賠償を救済措置とする。
最高裁では、SIGAの交渉姿勢に誠意が欠如していたとする予備審の決定を支持し、SIGAがライセンス契約の条件提示にあたって条件概要書と比較して20倍近い価格を提示し、条件概要書を「事実上無視した」ことが明白であるとした。
最高裁はその後こう確認した。
1)誠意を持って交渉する義務とは、両当事者が予備交渉で設定した交渉条件に「基本的に沿って」提案と交渉を行なう事を意味する。
2) SIGAの誠意に欠ける交渉態度さえなければ、両当事者はライセンス契約を締結できた筈であり、よってPAは、PAがそのような損失を「合理的な程度の確証をもって」証明できれば、履行利益損害の賠償を受ける権利を有する。
<判決の意味するところ>
この判決は、少なくともデラウェア州では以下の考え方が支持されるという判例を示したことになる。
• 誠意を持って交渉するという協定は、予備交渉の段階においても強制力を有する。
• 条件概要書で提示された条件から著しくかけ離れた取引条件を提示する事は、交渉における誠意が欠けると看做される可能性がある。
• 誠意を持って交渉する義務が侵害され、侵害された側は、相手方の誠意に欠ける交渉さえなければ、拘束力のある最終的な契約を成立しえた場合、侵害された側は、単なる「信頼利益」損害(例えば、不成立に終わった交渉の経費と費用)ではなく、むしろ、「履行利益」損害(例えば、利益の損失)を受け取る資格を有する。
この考え方は、現時点で全ての州で支持されているわけではない。例えばニューヨーク州では善意の交渉が強制されるが、損害回収は信頼損害に限られるし、その他の州では、協議するという合意は強制力を有さない。契約の草稿にあたっては、「善意の交渉」という用語を用心深く使用すると共に、準拠法と司法管轄を明確にする事、善意の協議が不成立だった場合の救済措置に関して予め具体的に言及しておく事等が望ましいであろう。
本記事の内容は、一般的事実を述べているだけであり、特定の状況に対する法的アドバイスではなく、それを意図したものでもない。個々の状況に対しての法的アドバイスは、直接当事務所にご連絡頂くか、専門の弁護士にご相談されることをお勧めする。
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