News & Events

M&Aのリスク ~クロージング間際の心変わりは違法?~

トランプ大統領の就任に始まった2017年は、株式市場の高騰と失業率の低下に影響を受け、北米とヨーロッパのM&A市場は2兆9千3百憶ドルを記録し、4年連続2兆9千憶ドルを達する結果に終わった(PitchBook‐2018年1月24日発表)。特に経済状況が大きく変化しない限り、M&A取引の多くは、両当事者の期待通りの結果に落ち着くことになるが、クローズ直前に資産価値に影響する要因が急変した場合、売手や買手の契約履行義務はどのように判断されるのであろうか?今回は、デラウェア州の2つの判例を考察してみよう。

<2008年の判例:Hexion Specialty Chemicals, Inc. Huntsman Corp.

世界金融危機の直前の2007年7月、大手化学樹脂製造会社である、Hexion Specialty Chemicals, Inc.(「ヘクシオン社」)は、同業他社であるHuntsman Corp.(以下「ハンツマン社」)を買収するために、ハンツマン社の株を一株28ドルの高額で購入することを提示し、両社は、総額100億ドルの買収に合意した。更に、ヘクシオン社は、万が一ファイナンシングが得られなくても、「重大な事態の変更(Material Adverse Effect)」が無い限り、買収義務を履行すると確約し、指定日までクローズできない場合には3億2千5百万ドルを上限とする定額損害賠償金の支払いにも合意した。しかし、その直後の世界金融危機のあおりを受け、ハンツマン社の2008年の第一四半期の成績が急変した。その結果、ヘクシオン社は、デラウェア州衡平法裁判所に提訴し、ハンツマン社の資産価値の急落によりファイナンシングを得ることができず、買収義務を負わないと主張し、仮に、契約解除と見なされても、契約に基づきその損害賠償額は3億2千5百万ドルを越えるべきではないとした。これに対して売手であるハンツマン社は、反訴請求を起こし、ヘクシオン社の故意による契約違反を理由に、同社の賠償責任は、定額損賠賠償額に制限されるべできはないと反論した。

判事は、ターゲット企業に「重大な事態の変更」があったか否かは、その企業の資産価値を数カ月ではなく数年の単位で調査しないと判断できないと前置きした上で、買手が、「重大な事態の変更」を理由に契約を解除するためには、その理由を十分に証明した場合に限り可能としたが、そのような証明を行った買手は未だかつていなかったとし、ヘクシオン社に契約履行の義務があると判決した。その後、和解が成立しヘクシオン社が10億ドルを支払うことで決着した。

<2016年の判例:Williams Companies Energy Transfer Equity LP

天然ガスのパイプラインを運営する米国の大手、Energy Transfer Equity LP(「ETE社」)とWilliams Companies(「ウィリアムズ 社」)は、合併により米国最大手になることを計画し、2015年9月、ETE社がウィリアムズ社を380億ドルで買収する最終契約を締結した。同契約では、クローズするための一要件として、同ディールが非課税扱いとなるとの税法専門の弁護士の意見書が必要とした。その直後、石油と天然ガスの価格が下落し、両社の資産価値が半減したため、ファイナンシングを得ることができなくなった買手のETE社は、ディールからの撤退を希望した。更に、税法弁護士が同取引は非課税にはならないと最終的に判断したため、ETE社は、売手のウィリアムズ社に対しクロージングの要件を満たさないことを理由に契約を解除する旨を伝えた。

これを受け、ウィリアムズ社は、ETE社がクロージングのために「商業的に合理的な努力(commercially reasonable efforts)」を怠り契約違反をしたとして、デラウエア州衡平法裁判所に訴えた。2016年6月23日、判事は、ETE社の撤退の動機だけでは違法行為は成立しないとし、更に原告は、ETE社が「商業的に合理的な努力」を怠ったために、弁護士から意見書を入手できず、契約違反に至ったと十分証明していないとして、ETE社に契約の履行義務はないと判示した。

<考察>

この二つの判例は、状況が似ているものの、判決結果が大きく分かれている。例え最終契約の締結後であっても、クロージングの要件を満たさなかったことを理由に、契約を解除することが認められる場合もあるので注意したい。企業は、クロージング直前の契約解除のリスクを踏まえ、クロージングの要件に関する規定を注意深く見直し、要件が満たされなかった場合の救済措置等を十分交渉し、最終契約書に明記することが大切である。

ここで扱う内容は、一般的事実であり、特定の状況に対する法的アドバイスではなくそれを意図したものでもない。

J weekly https://jweeklyusa.com/

Go Back